おりおりの  第15回

「隊友」〇八年九月号転載
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岩稜に遊ぶ

 戸 隠 山


 

 九月上旬、信州・戸隠山(一九0四㍍)に出かけた。
 天ノ岩戸伝説のこの山は、岩戸を立てまわしたような厳しい岩壁の様相で、登高意欲をそそる。

 前日、長野駅からのバスで戸隠キャンプ場に着きテント泊り。

 朝六時キャンプ場出発。「ささやきの道」経由で髄神門に出た後、古杉の神さびた参道を登り七時、奥社に到着して参拝し今日の登山の安全を祈った。

 七時十五分、社務所の裏から登山道が始まるが、最初から木の根にすがりながら木登りでもするような急登である。
 八時、五十間長屋の岩棚。続いて百間長屋の岩壁。次いで西ノ窟を過ぎると、次々とクサリ場の岩場が連続する。
 天狗ノ露地で一息入れた後に岩溝を一登りすると、戸隠山名物の「蟻ノ戸渡り」と呼ばれる難所が待っていた。

 幅三〇~四〇㌢の岩稜の両側は目もくらむような断崖。長さは二〇㍍程だがとても立って渡る勇気はない。
 馬乗りになって股漕ぎをしながらの恐る恐るの通過である。

 次いで「剱の刃渡り」。長さは五㍍程だが幅が一〇~二〇㌢程しかない。しかも登り傾斜。
 馬乗りになっても足掛かりもないので、股漕ぎで尻を浮かすこと自体が恐ろしい。這うようにして進むが、正に血の凍る思いだった。

 やっとのことで九時、八方睨ミの山頂に立った。
 素晴らしい景観である。とりわけ槍・穂高などの北アルプスの山々、近くは高妻・乙妻の雄大な容姿に目を奪われた。

 気を取り直して、一不動経由で戸隠牧場に向かう。右側がすっぱり切れ落ちた断崖の稜線道のアップダウンが続く。
 戸隠山、九頭竜山を何なく越え、十一時半一不動の避難小屋。

 小屋から一下りした氷清水の水場で大休止の後、不動滝、滑滝の岩場を鎖にすがって下降し、十四時戸隠牧場の草原の広がりに出て、やっと朝からの緊張感から解放された。
 戸隠牧場の絞りたて牛乳のなんと美味なこと。

作者プロフィール

 柚木 文夫氏

千葉県隊友会会員
習志野支部長
桧町陸幕
平成2年退官
1958年防衛大学卒
元防大山岳部監督
現自衛隊山岳連盟会長