黒部下ノ廊下


  

 9月初め、黒部下ノ廊下に出かけた。

 小生の下ノ廊下遡行の最初は、まだ黒四ダムの存在しない50余年前である。
 当時の下ノ廊下は、岩壁に危うくかかる粗末な桟道をカニの這うように通ったものだが、今は岩壁を掘りくぼめた歩道が整備され、手すり代わりの針金もつけられ、多くの登山者が気軽に下ノ廊下に出かけるようになった。
 それでも幅1㍍もない歩道から、見上げれば頭上にのしかからんばかりの大岩壁、見下ろせば足下数百㍍に岩を噛む激流の有様は、いつ来てもすごいド迫力である。

 宇奈月からのトロッコ電車は、黒部峡谷の景観を楽しむ観光客で一杯である。
 終点ケヤキ平を9時半、下ノ廊下遡行の旅に出発する。
 駅裏の急坂を約30分登った後、水平歩道が始まる。
 足下は200㍍程の切り立った断崖で、思わず足の運びも慎重になる。
 対岸には、奥鐘山西壁の大障壁が望まれる。阿曽原小屋到着が14時。名物の露天風呂は断念し、先を急ぐ。
 仙人ダム軌道橋を渡り、更に東谷吊り橋を左岸に渡り返す。引き続きS字峡、半月峡の景観に目を奪われながら水平歩道をたどり、今日のキャンプ予定地の十字峡到着は16時半となった。

 十字峡は、黒部川本流に左岸から剣沢、右岸から棒小屋沢が落ち込み、十文字になって、渦巻きし吹く、下ノ廊下の核心部である。川の轟音を肴に酒も進み、十字峡の夜の語らいは尽きることがなかった。

 翌朝6時半出発。名勝白竜峡を抜け、黒部別山沢の雪渓を慎重にトラバースする。大タテカビンの岩壁に圧倒され、対岸の新越ノ滝の美しさに目を奪われる。最後に黒四ダム対岸のジグザグ登りにすっかり顎を出し、トロリーバス駅到着は正午となった。

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おりおりの  第37回

                

作者プロフィール

 柚木 文夫氏

千葉県隊友会会員
習志野支部長
桧町陸幕
平成2年退官
1958年防衛大学卒
元防大山岳部監督
現自衛隊山岳連盟会長

黒部下の廊下
黒部下の廊下・十字峡
黒部下の廊下・S字峡
 
黒部下の廊下・
棒小屋沢からの剣岳