梅が盛りの幕山

 
 去る年、二月も半ば過ぎ、伊豆の幕山(六二六㍍)に出かけた。幕山は、山腹が陣幕を張り巡らしたように岩壁に覆われているのでその名がある。近年は、若い人たちのフリークライミングのメッカでもある。

 湯河原からバスで一〇分の鍛冶屋から、ミカン畑と集落の散在する車道を三〇分も歩くと幕山の登山口に着く。この付近を山の中腹まで埋め尽くす三千本の梅は、今が盛りである。登山口の駐車場を中心に屋台が立ち並び、沢山の人が行き交い、まるでお祭りのような賑やかさである。

 十一時出発。登山道は梅林の中をジグザグに登って行く。ふくいくとした梅の香りが全身を包む。梅を眺め、下生えのツバキを愛で、そこかしこの岩壁に取り付いているフリークライミングの連中の動作を批評し、なかなか足がはかどらない。

 二〇分程の登りで、梅林が終わる頃からようやく勾配も急になり、後ろからの日差しを浴びて汗をかきながらの登山となる。

 ちょうど十二時に幕山頂上到着。山頂の広々としたススキの原は快晴無風。お弁当を広げているグループも多い。展望は三六〇度。房総半島、真鶴岬、伊豆半島、眼下に湯河原の町並み、その先に目に痛い程に光り輝く相模湾が広がる。我々もゆっくりと昼食と日なたぼっこに時間を過ごした。

 帰りは、南郷山経由のコースを採った。幕山から北東に尾根道をたどると二〇分程で自鑑水に着く。石橋山の合戦に敗れた源頼朝が一旦は自害しようとして思い止まったとかの伝説の地ではあるが、今は水もなく杉林の中にひっそりとたたずむただの凹地である。

 南郷山は、白銀林道からハコネダケをかき分けての急な登りだった。人気のない静かな山頂でのしばしの憩い。そして下りもまた、ハコネダケのトンネル。後はゴルフ場の西縁に沿った長い下り。鍛冶屋のバス停に戻ったのは午後三時半だった。

おりおりの  第6回

(「隊友」二年二月号)転載

作者プロフィール

 柚木 文夫氏

千葉県隊友会会員
習志野支部長
桧町陸幕
平成2年退官
1958年防衛大学卒
元防大山岳部監督
現自衛隊山岳連盟会長

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