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おりおりの  第8回

(「隊友二年三月号)転載

作者プロフィール

 柚木 文夫氏

千葉県隊友会会員
習志野支部長
桧町陸幕
平成2年退官
1958年防衛大学卒
元防大山岳部監督
現自衛隊山岳連盟会長

富士山展望の
 矢 倉 岳


 三月上旬、穏やかな日和の中、神奈川県・矢倉岳(八七〇㍍)に登った。
 矢倉岳は、足柄平野を見下ろす物見ヤグラのような独立峰であることがその名前のゆえんである。
 山頂は近年、若い人達のパラグライダーのゲレンデでもある。
 小田急線新松田駅からバス二五分の矢倉沢から登山が始まる。
 午前九時、村外れの白山神社にお参りした後、ミカン畑の中の舗装道路をたどる。
 約二〇分で物置小屋の脇を抜けて山道に入る。
 スギ林の中のジグザグの登りである。三〇分程でスギ林が雑木に変わる頃から道はジグザグが終り、尾根伝いのトテツもない急な登りに変わる。
 雨の日などの難儀が思いやられる道である。
 十時四十五分、雑木に赤松が混じり出し、傾斜がいくらか緩くなったなと思ったら、いきなり矢倉岳山頂に飛び出した。
 カヤトの原に囲まれた広々とした山頂は視界三六〇度、素晴らしい展望である。
 左すそに愛鷹、右すそに三国の連山を従えドーンと正面に立ちはだかる富士山の威容に思わず息をのむ。
 右には丹沢、道志の山々、左には箱根の山並み、目を転ずれば足柄平野の先に相模湾が光り輝いて見える。
 素晴らしい眺望に疲れも忘れ、ゆっくり一時間、昼食休憩をとった。
 下りは足柄峠に向かう。頂上直下の若干の急な下りの後は、雑木で見通しの効かない単調な尾根筋の登り下りが続く。
 途中、足柄万葉公園の歌碑などを一々鑑賞しながら足柄峠に着いたのが午後一時半。
 足柄城址から御殿場平地を隔てて眺める富士山がまた素晴らしかった。
 足柄峠からは足柄古道を下る。
 所々で車道を横断するが、往古の面影を彷彿とさせる山道である。
 二時五〇分、地蔵堂発のバスに辛くも間に合った。